若年性パーキンソン病との闘い(1)

それは突然始まったことではなく、長年付き添ってきた病気でした。

今から思えば、20代前半。当時は家業のレストランで働いていましたが、ランチタイムのコーヒーを運ぶときにコーヒーカップの下皿を持ってお客様に提供する際に手の震えでコーヒーをこぼすことしばしば。

当時は、「緊張のせい」と特に深く考えていませんでした。

それから20数年後。小さな町で小さなバーを経営しておりましたが、お客さんから「手が震えてるけどアル中じゃないの?」と毎日のように指摘を受けるようになりました。

(今から思う)その当時の症状としては、「手の震え」「よくつまずく」「異常な発汗」「幻視」「よく物を落とす」

ある時、常連さんのススメで「アルコール依存症を調べてもらった方がいい」と、いやいやながら病院を受診することを決意しました。

と、いうのもお酒は嫌いな方ではなく(どちらかというと大好き)、毎晩多量に摂取し、「酔うにつれて手の震えが治まる」のも事実でした。

地元の総合病院に行き、どの診療科目かわからなかったので受付で相談したところ「心療内科」をすすめられ受診するようになりました。

担当の医師からは、まず「(朝起きてから、受診するまでの間)お酒は飲んでいますか?」と聞かれ「飲んでいません」と答えると「アルコール依存症の患者は、自分の意思で受診することはなく多くの場合は家族や知人に無理やり受診させられるのが普通」と言われました。

確かに毎晩お酒は飲んでいましたが”日中に飲みたくなる”ことはありませんでしたし、実際にバーベキューなどのイベントがあるとき以外は昼間にお酒を飲むことはありませんでした。

特に特別な検査をするわけではなく「社交不安障害」と診断され、薬での治療が始まりました。処方されたのは「ジェイゾロフト

1日1錠(25mg)からスタートし、効果が見られないために半年で1日4錠まで増えていきました。しかし効果は見られず、ジェイゾロフトからパキシルへ変更され、約2年飲み続けました。

その頃から「手の震え」ではなく、常に「全身の震え(寒いときに震えるような感じ)」に代わり、逆に不安を感じるようになったため医師に相談したところ「別の薬に変えましょう」ということに。

しかし、投薬からすでに2年以上経過していて改善されないため、その医師を信用できなくなっていました。

………つづく

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